天使の戯言、悪魔の駄洒落

いつか天使になるために、みんなの幸せ探しをしているよ。

中部大学教授の武田邦彦さん。
さんまの「ほんまでっかTV]に出演するようになってずいぶんと有名になったと思うんですが、そもそも~有名な学者さんだそうです。
原子力に関して造詣が深く、もともとは賛成派だったのに、仙台事故以来、急に反転したとかいうバッシングもありましたが、私はとてもファンです。

その武田教授がこのところ熱心にブログを書いていらして、さらに同じ内容をポッドキャストで配信するようになりました。それもほぼ日で。……武田教授のブログ
昨年、実験的に配信されたポッドキャストはもちろん聞きましたし、暮からほぼ日で配信されているポッドキャストを私はとても楽しみにしているわけです。

さてさて、教授の配信内容ですが、時事問題を中心に、科学者の立場からその本質を開設してくれるのですが、とてもわかりやすい。というか、世間で言われている内容とはかけ離れた見識で説明してくれるのです。

このかけ離れ具合を世の人々は「また武田がおかしなことを言っております」などと揶揄するそうだけれども、
私はすべての人が同じことを言うよりも、こんな見方もあるんだということを教えてくれる武田さんのお話がとてもいいと思うのですよ。

たとえば。
昨年から武田さんがしきりに繰り返す話が三つほどあって、

その一つは「喫煙しても癌になるとは限らない」という話。
これは喫煙者がすべからく癌に罹ったなんているデータはどこにもないという事実に基づいています。この話は武田さん以外の情報でも聞いたことがあるので、私はまるまる信じています。

二つ目は「CO2は地球温暖化の原因ではない」。
これはほんまでっかTVでも言っておられましたが、やはりデータに基づいた説だそうです。世の中はみんな地球を救うためにCO2を削減しよう! と叫んでいる中、何を言ってるの? って感じのようですが、これも私は武田さんを支持します。

三っつ目は「昨年のフランスで起きた事件はテロではない、戦闘だ」という話。
つまり、ISISは自国を取り戻すために戦っているのだ、これは戦争なのだ。戦争である限り、テロと呼ぶのはおかしい……という意見(だいぶん言葉足らずですが)。 
これについても私は実は同様なことを感じていて、ISISが正しいとか悪いとか、そういうことではなく、いわばイスラム圏はいま日本で言う戦国時代みたいなものなのだと思っているのです。たとえば、ISISがテロリスト集団だというのなら、織田信長だってテロリストだったのではないか? 秀吉も同じくテロリストだったが、日本を納めたので統治者になった……。

こんな風に、武田邦彦さんは面白い見解を毎回教えてくれてとても勉強になるのです。
明日はどんな話が聞けるのか、とても楽しみです。。。 
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とうとうというかようやく落とし所に近づいて来たようではあります。
つまり佐野る作の五輪エンブレムを取り下げたということではありますが、
世間さまではまだそれでは完結とはなっていないようであります。
なにしろ五輪委員会も、審査委員会も責任を回避しているし、
佐野るご自身も「それでもぼくはやってない」と言っているわけで、
今後賠償問題等が気になるわけなのですね。

それはさておき、佐野ると同じ業界にかかわるものとして(デザイナーじゃありませんが)、彼の擁護を考えてみました。
とはいえ、初めてエンブレムが公開されたときに、さほど深い印象を持たなかった・・・・・・
というよりもなんとなく古いというか、昔の五輪ロゴの派生のような気がしたのですが、
それもそのはず、一説によれば佐野る氏は1964年東京五輪で亀倉雄策氏がつくったロゴを凌駕できないと苦心したとかしなかったとか。

さて、広告業界において、盗作問題や剽窃問題はちょいちょい発覚します。
あるいは、本当にパクリとかしていないのにふたつの広告が瓜二つであったというようなことも稀に起こります。
かつてふたつのまったく異なる地域で制作された雑誌広告が酷似していたとして話題になったことがありましたが、その時はまったく剽窃などではないということで決着したと記憶しています。

同世代に暮らしている同世代のデザイナーがよく似た感性を持っていて、同じような情報を糧にしていたとしたら、同じような発想をしてもおかしくありません。

まぁ、そのような稀なケースは別としても、広告やデザインが氾濫している現代には、よく似たデザインのものは
あちこちで見受けられますね。具体的には……すぐには思い出せませんが。

よく似たデザインになる理由は大きく二つ考えられます。
ひとつは、その時々の流行のようなものがあるということ。
同じようなモチーフ、流行のフォント、どこかで海外でヒットしたレイアウトなど、多くのデザイナーがそういうものを共有して追従してしまうわけです。流行のデザインはあっちでもこっちでも似たようなものが現れるので、もはやどれがオリジナルだったかわからなくなるし、むしろそれが世の定番として定着します。二十数年ほど前に流行ったタイポグラフィー表現なんかがそれですね。

もちろん心あるクリエイター という生き物は、常に新しいデザインを求めようとするわけで、
ここに二つ目の理由となる落とし穴があるんです。
誰かが生み出した斬新なデザインはクリエイターを刺激するでしょう。
そうすると同じようなデザインを追求するためにまずは模倣してみるというのは定石。ただし、パクリではなくてンスパイアされたという範疇で。
ところがインスパイアなのかパクリなのか、そのあたりの線引きはとてつもなく曖昧なわけで、
ちゃんとした心得のある人間であればぎりぎりの模倣から新しいものを生み出すことだってありうるのでしょうが、そうでなければただ模倣しただけとなってしまう。このようなモノマネデザインは世の中にゴマンとあります。

デザインであれなんであれ、なにもないところから新しい表現物を生み出す場合、よくあるのが
「ほらほら、こないだ見た映画の中に出てくるあれ。あんな感じ」 とか、
「たとえばルソーの描いた絵画みたいな~」とか、
既にあるものにインスピレーションを得てなにかを生み出そうとするのはよくあること。
それをそのまま鵜呑みにして進めてしまうと、当然ながら映画や絵画のそれとよく似たものができ上ってしまうわけで、それをパクリというのかインスパイアと言うのかは、見た人の直感もさることながら著作権保護法で取り決められた基準というものがあったりするわけです。

そこまでの話じゃなくても、通常、プレゼンテーション用のカンプをつくる場合、
そのデザイン素材を雑誌やネットから引っ張り出して利用するという作業は昔からよくある話。
もちろん決定後にはすべての素材をオリジナルのものに置き換えるわけですが、
なにかの間違いで、そのまま使ってしまった! という事故が起こらないとは限らない。

たとえばコンプライアンスとか著作権法とかから程遠い工房に棲んでいるようなスタッフに仕事をゆだねた場合、彼は言われた通りの物を忠実に再現するために元ネタをトレースするかもしれない。
ネットから取り出した画像を版権フリーの画像と思い込んで遣ってしまうかもしれない。
元ネタ通りに被写体をレイアウトして写真を撮る間もしれない。
元ネタとそっくりに仕上げることこそが使命だと思えばこそ、同じようなレイアウトにするかもしれない。
こうしてでき上ったものは、それなりに完成度が高く見えるし、ずっとその仕事に取り掛かっている人間にとって、もはやそれが自分たっちのオリジナルであるかのように錯覚して、そのころには元ネタがあったことすら忘れてしまっている。

あるいはちょっと前に目に触れた素晴らしいデザインがとても印象的で、すっかりお気に入りになって頭の引き出しに収納されている。そういうのはなにかの折りには必ず出てくる。
もう一度写真で確認してそれをトレースするということもなく、記憶の中にある印象に基づいてオリジナルデザインを生み出そうとする。これは概ねインスパイアというものだと思うけれど、元の印象が強ければ強いほど、元ネタに近いものとして再現される。だが、いったん自分の中をスルーしているのだし、できるだけ似ないように意識をして作り上げていくうちに、自分の中では全く違うものとして出来上っていく(と信じはじめる)。
ところが、他者から見れば明らかに元ネタとそっくりな印象を受けるものになるに違いない。
こうして出来上がったデザインを人はパスティーシュ(模倣)とするだろうか、それともオマージュ(再構築)だと思うのだろうか。

さてはて、ずいぶん緩慢な話になってしまったけれども、佐野るの話に戻るとすると、
サントリーほかの、”剽窃”とされているアレについては、どうやらネットの簡便さに慣れ、著作権法から程遠いところに棲んでいるスタッフに任せてしまったことが原因のようで、本人も認めているのだからもはや擁護のしようもない。スタッフも佐野る本人もともにそういうことを慣習化してしまった結果だろう。

方や五輪エンブレムについては、原案が公表され、さらにそれがヤン・チヒョルト氏のデザインに酷似しているということが発覚したことを前提に考えれば、佐野るの脳内に収められていた印象がそのまま形になっていまい、さらにはおそらくは同じ作品にインスパイアされて生まれたかもしれないベルギーのリエージュシアターのロゴに偶然似てしまったというところではないだろうか。

ここまでは佐野るを擁護すべく書いてみたが、しかし、ここで、自分の頭を通過して再現された原案がヤン・チヒョルトのものとほとんど変わらないのではないかと気づかなかった時点で、あるいは気づいていたのにこれは大丈夫なんだと自分を信じ込ませてしまったところが情けないというか、日常からスタッフとともに模倣あるいは他人の作品のいいところ取りに慣れてしまったという体たらくのせいではないのかな。

なにかまとめるとすると、
今回のこの事件は、佐野る氏一人の問題なのではなくって、
デザイン業界が内包するパクリもしくは他者のイメージを一時借り受ける慣習による弊害と、 
もうひとつは、有名デザイナーと呼ばれる人たちの間で繰り広げられる持ちつ持たれつの利権慣習が確かにあるという事実、
この二つがクローズアップされたということではないでしょうか。

これで、佐野る氏の擁護になっている……なっていないよねえ。 
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 昨夕22日午後6時すぎ、東京都杉並区の青梅街道でバイクと共に男性が倒れていると通報があった。杉並署の警官が駆けつけ、免許証から俳優の萩原流行さん(62歳)であることが判明。萩原さんは病院に搬送されるも 一時間半後には死亡が確認されたという。
10時過ぎ頃になってそのニュースが各メディアで流れると一気に拡散した。それほど萩原流行がバイク事故で死亡というニュースは衝撃的だったのだ。すでにWikipediaにさえ死亡事故が追記されているのには驚く。
 私自身もニュースを聞いて少なからずショックを感じた。だが、萩原流行といえば? とその出演作を思い出そうとしたのだが、思い出せない。ネット検索してはじめて映画「蒲田行進曲」や大河ドラマ「独眼竜政宗」に出てたことを知ったけれども、それすら記憶にないのだ。
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 なのに、なぜここまでショックを覚えたのだろう? 
 萩原流行は、かつて映画「ブラックレイン」のオーディションを受けたが採用されなかったそうだ。その役は故松田優作が射止めた。という話をバラエティ番組で語った。神無月の物真似ネタにされていたが、逆に流行が神無月の真似をしたこともあった。
 という具合に、ウエスタンスタイルに身を包んだその強烈なキャラクターがむしろバラエティー番組で異彩を放っていたように思う。格好よさが引き立っていた。それも弄られて蔑められることなく、バラエティ番組の中で格好いい人だった。もちろんテレビドラマにもたくさん出演していたが、それよりもトーク番組に出ていた姿の方が印象的だった。
 調べてみると、彼は3月にもバイクで転倒して怪我を負っているし、昨年には乗用車で人を引っ掛けて書類送検にまで至っている。つまりここしばらく事故を繰り返しているわけだ。普通なら事務所が運転を控えるように制御するところなのだろうし、実際そういうこともされたに違いないのだが、本人が従わなかったのだろうか。
 事故が繰り返されたのは運が悪かったのだという向きもあろうが、本当にそうなのだろうか。


 ここからは想像に過ぎないが、本人が無自覚のままどこかが悪かったのではないかと疑う。たとえば目が悪くなったとか、脳梗塞などが原因で平衡感覚がおかしくなっていたとか、もしかしたらそれらは老化というものだったかもしれない。もはや確認する術はないだろうが。
 なんにしても、高速道路ならいざ知らず、青梅街道などというスピードの出ない下道で、しかも転倒しにくいハーレーダヴィッドソンで、倒れて死亡するなどという事故は、滅多には起こりえない事故であると思えるのだ。
 ともかく個性派俳優がまた一人いなくなったのは残念だ。はぎさんのご冥福をお祈りします。
         ふみみ

  
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不細工芸人でおなじみの、あのバナナマン日村(42)がフリーアナウンサー神田愛花(34)と交際中?
17日発売のフライデー(講談社)の記事であるが、これを双方の事務所ともに「よいおつき合いをさせていただいています」と認めているそうだ。
himura

話によれば二人はもう半年も半同棲中だってことで、いい話じゃないですか。
こうした芸能人ネタの中でも、誰も傷つかない、幸せなお話ってのはいいんじゃないですか?
ところで日村勇紀はあの髪形で不細工芸人で売っているわけだけれども、神田さんのほうは、そういう意味では勇気があるね。という意見もあるかもですが、日村さん、確かにあの髪形でオットセイ真似でもすれば相当ヘンなんですが、ちゃんと普通の髪型をしていいスーツでも着れば、決してひどくはないと私は思いますよ。
モノマネ歌を芸にしてるけど、その歌はなかなか上手いし、キャラクター面白いし。
案外日村さんってモテてるんじゃあないの?
って別に私がよいしょしても仕方がないですけどね。
このくらいの芸能人ネタがトップ近くに来ているという本日は、世の中平和だなって証拠じゃないですか?
                            ふみみ
 
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キラキラネームの対極にある名前はなあに?
それは、シワシワネーム 。
こんな話がネットで話題になっているそう。
ねえお母さん、アタシの名前はシワシワネームなの?
◯◯子という名の子供がそう訊くんだって。

 キラキラネームといえば、かつて相当話題になった。
世界にひとつしかない名前を我が子につけたい、そう考える親がいるのだ。
それは素晴らしい考えだと思いますけど。

希星(きらら)          月(あかり)          葵絆(あかり)
これらはまさしくキラキラネーム。悪くはないと思う。読めないけどありえるね。

泡姫(ありえる)          今鹿(なうしか)          七音(どれみ)
え、ええええ? これはクイズ問題?

ビス湖(びすこ)          愛保(らぶほ)          亜成(あなる)
あかんやろ、これは。子どもに恨まれるで。

煮物(にもの)          沙利梨愛利江留(さりなありえる)          苺苺苺(まりなる)
なに考えてんねん。もうアソビはやめて?

ちなみにこれは
於菟(おと)     茉莉(まり)     不律(ふりつ)     杏奴(あんぬ)    類(るい)
これは森鴎外の子どもたち。

それにしても、シワシワネームというのかどうか知らないけれど、
キラキラネームを持った子供たちがもう大人になって、自分の子供を持つようになって、
自分の子供には
名前で苦労させたくないからと、普通の名前をつけているのだそう。

話題になってる日経新聞の記事はこちら。
           ふみみ

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